薬師寺は、『宗方姉妹』で田中絹代と高峰秀子が訪れるところだ。ふたりは金堂の前の石段に腰かけてお弁当を食べている。最初のショットで東塔(左写真)の上部が、ふたりを斜め後ろから撮ったショットで東塔の下部が見えている。映画に出てくる金堂は1600年に再建されたものだと思われるが、現在あるのは1976年に再建されたものだ(右写真)。『宗方姉妹』の金堂はシンプルで、落ち着いたたたずまいを見せている。ふぞろいな感じに木が植わっていて、ほかに観光客もなくのどかな雰囲気だ。ところが新しい金堂はハデハデで、木はなくなってしまっている。デコちゃんが手をかけてくるっと回った石灯籠は、デザインは似ているが、金属製の灯籠に替わっている。あたりは観光客で溢れていて、デコちゃんごっこもままならない。
ここは田中絹代がかつて上原謙と一緒に来たところという想定だ。田中絹代にとっては、懐しく、ロマンティックな想い出をもつ場所でもある。映画の中の落ち着いたたたずまいは、そんな雰囲気を感じさせるけれど、現在は全然違う。このような内容の小説や映画がいまつくられるとしたら、決して薬師寺を舞台にはしないだろう。