実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『トオサンの桜 - 散りゆく台湾の中の日本』(平野久美子)[B1202]

『トオサンの桜 - 散りゆく台湾の中の日本』読了。

トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本

トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本

日本統治時代を懐かしむ台湾人を題材にした本というのは、無批判に賛同したり喜んだりするものが多く、危険な領域である。これはそういった本ではないだろうと予想しながらもこわごわ注文したが、買ったあとで小学館と知ってビビる。

結果として、いわゆるヤバい本ではなかったが、不満は多々ある。そのいくつかを挙げてみる。

  • 総体としては台湾の老人の語りを集めたものになっており、日本統治時代の話だけではなく、戦後の二二八事件や白色テロの話も語られているし、一部には外省人の話もある。しかし体系的に整理されていないため、それなりに説明はあるが、背景知識の乏しい人にはわかりにくいと思われる(もとが連載だったという制約はあると思う)。
  • 日本統治時代の話に限ると、ほとんど肯定的に語る人ばかりである。抗日運動に参加した人や反日的な思想をもっていた人もいるのだから、それらも紹介すべきである。
  • 日本語世代で存命な人は、大半が皇民化教育を受け、子供の頃からそのような価値観を刷り込まれた世代なので、実際に親日的な人が多いのは事実だと思われる。しかし彼らは特殊な世代であり、彼らの語りは決して当時の台湾人を代表するものではない。それを日本統治時代の台湾人の声として紹介するのは問題があると思う。また、前の世代との間にあったと思われる価値観の相違や摩擦についても全くふれられていない。
  • 妙な比喩を用いた修飾過多の、情緒的な文体が嫌い。「トオサン」という表記もいやだ。
  • 著者は彼らの戦前肯定的な意見に思想的に賛同しているわけではないけれども、素直に耳を傾けようとしている。そこにあるはずの著者自身のとまどいや葛藤がもっと表面に現れていれば、共感しやすいと思う。
  • 少しずつ話を聞くだけだと、どうしても紋切型の抽象的な意見が多くなってしまう。どうせなら、霧社に関わった二人、王海清さんと林淵霖さんに絞って、彼らの人生をまとめたほうがよかったのではないか。もう少し深いところまで聞かないと、各人の独自性が出てこないように思う。

ひとつ気づいたことは、彼らが「日本精神」とか「修身」とか「教育勅語」といった極めて物騒な単語を多用しているため、私たちは、彼らがいわゆる軍国主義的な価値を重んじているかのように誤解してしまっているということだ。彼らが「日本精神」と呼んでいる美徳の中身は、実は「正直」だとか「時間厳守」だとか「清潔」だとかといったものなのである。そのあたりのことはきちんと伝わるべきだし、そういう意味でも表層的な言葉にとらわれるのは危険だと思った。