実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『グエムル 漢江〈ハンガン〉の怪物(괴물)』(奉俊昊)[C2006-03]

昼食後、奉俊昊(ポン・ジュノ)監督の新作、『グエムル 漢江の怪物』(公式映画生活)を観に有楽町スバル座へ行く。あまり入っていないという噂だがまあまあの入り。『オールド・ボーイ』(asin:B000E41NJ4)以来のスバル座は、椅子が替わってきれいになっていたが、「馬場医院」のCMは健在。

奉俊昊監督で蠔斗娜(ペ・ドゥナ)が出ているとなれば観に行かないわけにはいかない。奉俊昊の映画を日本で拡大ロードショーしてだいじょうぶなのかと思っていたら、あまり評判がよくないという噂が聞こえてきて、俄然期待して観に行ったわけだが、期待に違わずおもしろかった。痛烈な諷刺が込められた、なかなかよくできた娯楽映画だ。

怪獣パニック映画といわれているようだが、どちらかといえばウイルスパニック映画である。その意味で、「怪物」という意味の原題よりも、“The Host”という英題のほうがこの映画を適切に表している。そしてまた、「怪物」であれ「宿主」であれ、ウイルスに感染しているとされながら体制に従わない宋康昊(ソン・ガンホ)一家の人々をも指すのだとすれば、「漢江の怪物」というサブタイトルをつけることで(これは「漢江の奇跡」に引っかけようとしているのか?)、漢江に現れた「彼」だけを指すかのように見せてしまっている邦題には、問題があると言わなければならない。

殺人の追憶』(asin:B000FHIVYA)で戒厳令下の空気を見事に描いてみせた奉俊昊は、今度は現在、つまり9.11後の世界を覆っている空気を描いている。怪物やウイルスによる騒動に託して描かれているのは、大きな危機やそれによる不安のなかで、個人の権利が少しずつ奪われ、一般庶民が犠牲になる、そういったことに対する漠然とした不安や閉塞感、いやな感じといったものだ。明らかにSARS騒動に想を得て構想されたと思われる物語は、イラク戦争SARSを掛け合わせたようなものであり、そこにはイラクで起きていることは韓国でも起こり得るという意味が込められている。最後のシーンはイラク戦争を連想させずにはおかないが、ちょうど先日「フセイン政権はアルカイダと関係していなかった」という報告書も発表されたようだ。宋康昊たちが病院を脱走したあとの激しく雨の降る鬱陶しい天気は、重苦しいいやな空気を表しているが、それはまたSARSのさなかに台湾へ行ったときの激しい雨と、そのなかで頻繁に聞こえた救急車の音を思い出させた。

期待の蠔斗娜は、ダメ一家のなかのエリート的存在のためか、あまり目立っていなかった。女の子では、彼女よりもヒョンソ役のコ・アソンがいい。最初はちょっと馬鹿みたいなのだが、怪物にさらわれてからがすごくよかった。絶望や諦めと、絶対に助かってやるという意志が同居したような泥だらけの顔が印象的だ。怪物退治での活躍が目立つのは朴海日(パク・ヘイル)で、学生運動の経験が生きるという設定がよい。こういうところや、米国が韓国の危機を化学兵器の実験に利用しようとするのに反対して学生がデモをするところなどに、民衆の力で民主化を勝ち取ってきたという自負のようなものや、民衆の力で現状を変えていくことへの希望が現れているように思った。

この映画が韓国で記録的に大ヒットし、日本であまりヒットしないのは、特撮のすごさだけを売り物にしたり、痛快な怪獣エンタテインメントのようにみせたりする宣伝の問題などもあるだろうが、それだけではないように思える。韓国もイラクになり得るということは、日本もまたイラクになり得るということである。しかしおそらく韓国では共有されているそういった気分が、多くの日本人には共有されていないということではないだろうか(それは小泉の支持率がほとんど下がらないことをみてもわかる)。イラク戦争テロとの戦いだとか、テロとの戦いが正義だとか、イラク戦争に加担することが国際貢献だとかいったことに騙されて、有事法制だの憲法改悪だのを止めることができないでいれば、気づいたときにはもはや後戻りできない地点にいるということになりかねない。日本ではこういう映画が作られず、あまり理解もされず、学生のデモに希望を託すこともできそうにないことに、暗澹たる気分にさせられる。

奉俊昊監督の他の作品と同様、シリアスななかにもギャグがたくさんちりばめられているが、個人的に反応したのはオフィスにパスワードが転がっているところ。それから公務員から高値で買った下水道の地図を見て、蠔斗娜が「コピーも裏紙を使ってる」と言うところ。これはギャグというわけではないが(当然裏紙を使うべきだし)、その細かい目のつけどころが気に入った。