実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『裏切られた台湾』(George H. Kerr)

『裏切られた台湾』をやっと読み終わる。

裏切られた台湾

裏切られた台湾

太平洋戦争前には英語教師として台北に滞在し、戦後は二・二八事件直後まで台北アメリカ領事館で働いていた著者が、二・二八事件を中心とする台湾の戦後史を、アメリカとの関わりを中心にまとめたもの。

戦後、本省人の多くが自治を求めていたということは知っていたが、国民政府の腐敗、収奪、弾圧に絶望した後、国連による信託統治アメリカの介入を求めていたということはこの本で初めて知った。台湾の人々は、国民党=蒋介石による統治を逃れるためにアメリカの介入を求めていたわけだが、ずっと不介入の方針をとり、国民党を見捨てようとしていたアメリカは、朝鮮戦争勃発後に方針を変え、台湾に移転した国民政府を援助、保護する。これはその後ずっと蒋介石の政権を支え、言論や思想への弾圧を続けさせることになる。望んでいたはずのアメリカの介入が、最悪のタイミングで、最悪の形で行われたことに、皮肉な歴史の巡り合わせを感じずにはいられない。

蒋介石アメリカの支持を得るために巨額の金を使って宣伝工作をしたらしいが、その相手は軍部、共和党キリスト教伝道界だったらしい。アメリカのろくでもない部分は昔も今も同じである。蒋介石宋美齢と結婚するためにキリスト教に改宗したことは、『宋家の三姉妹』(asin:B0000A4HTL)でも描かれていたが、クリスチャンだということはかなり効果があったらしい。「アジアでただ一人共産党に立ち向かうキリスト教信者の勇士」だって?おぉこわ。

もうひとつ台湾にとって不幸だったのは、戦後台湾を統治しに来た人々が、台湾に関する正確な情報を持たず、遅れた辺境の地だと思っていたことである。国民党は大陸でも腐敗しまくっていたわけだが、やはり辺境の地だからちょっとひどいことをしても中央へ戻ればもう関係ないみたいな気持ちがあったのではないだろうか。そういう気持ちが、私腹を肥やしたい人々を台湾に引き寄せ、あとのことを全く考えない収奪をさせ、二・二八事件では軍隊による大規模な弾圧をさせた。しかし当初は予想しなかった展開で、その辺境の地が国土のすべてになってしまったこともまた、歴史の皮肉な巡り合わせである。このことにより、すでに生じてしまった本省人外省人との間の決定的な溝を、両者ともその後ずっと抱え続けていかなければならなかった。

この本では、政府や軍の関係者の収奪のひどさや二・二八事件勃発時の様子、その後の軍隊による虐殺などが、著者が実際に見聞きしたこととして詳しく語られている。事実としては知っていたわけだが、二・二八事件前にいかに台湾人の不満が高まっていたかということが具体的によくわかる。また、二・二八事件が台湾人に与えた傷がいかに大きなものだったのかということも実感できた。たとえば少し前に読んだ『迷いの園』(ISBN:4336041318)の主人公の父親は、二・二八事件後に逮捕・拘留された経験をもつ。小説中では詳しく語られていないが、暴動に直接関わったわけではなく、その頃に民主化や改革を訴えていた台湾人指導者のひとりに過ぎなかったと思われる。その彼が釈放後、世捨て人のような生活を送るのだが、その心情がより実感できるようになったと思う。

この本は600ページ近くもある大著だが、全体の構成や話の流れに関する説明が冒頭にないのは致命的で(たった6ページの論文にさえあるのに)、全体の構成がつかみにくい。そもそも全体がうまく整理されているようには思われず、年代が前後するし、重複も多い。体験に基づくもの、伝聞によるもの、断片的な事実、資料に基づくものなどが区別されずに混在するため、事実関係も把握しにくい。また。著者の体験に基づいて書かれている部分は、そのことが売りである反面、情緒的だし、偏ってもいるし、必ずしも正確ではないと思われる。