実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『台湾カフェ漫遊』(アイビー・チェン、泉美咲月)

『台湾カフェ漫遊』読了。

台湾カフェ漫遊

台湾カフェ漫遊

楊徳昌(エドワード・ヤン)の『カップルズ』(asin:B00005ULOH)に出ていた陳欣慧(アイビー・チェン)がカフェを選び、写真を撮った台北のカフェ紹介本。ちょっと気になりつつも、あまりにも文字が少ないので買わずにいたが、近々台湾へ行く予定でもあり、いまさらながら買ってみた。こういう本は、知っているお店だけが載っていたのでは買う意味がないが、だからといって知らないお店ばかりでも困る。「このお店が載っているなら価値があるかも」と思わせるものが必要で、この本の場合、それは蜂大[口加][口非]だった。

ほかにも、絶対に行きたいと思っているお店も載っていて、それはいいのだが、文章がひどい。読みにくい文章だし、言葉の使い方が時々激しく間違っているし、句読点の打ち方もおかしい。しかも『悲情城市』が『非情城市』になっている。さらに、呆れかえるような記述があったので引用する。

 その広場には1936年に昭和天皇が訪台の記念として建造依頼し、建てられたという中山堂がたたずんでいる。
 白くアーチを描く中山堂の入り口から窓辺を彩る眩い緑が反射する階段を昇り、たどり着くのが堡壘[口加][口非]。飴色に光る梁。高い天井。壁の京劇の舞台写真。セピア色の空気が漂い日本と台湾の友情の証が今も長い時を刻んでいる。(p. 100)

最初の文を読んだだけで、いかに読みにくい文かわかっていただけると思うが、この意味不明の文には次のような間違いがある。

  • まるでできたときから「中山堂」だったような書き方だが、もとは「台北公會堂」である。中山堂というのは孫文の名にちなんだものであるから、最初から中山堂だったはずがない。
  • 台北公會堂は昭和天皇の即位を記念して建設されたもので、訪台の記念ではない。また1936年は竣工年である。訪台は1923年で、もちろん当時は天皇ではなく皇太子であった。

さらに問題なのは最後の文だ。友情の証? 何度読んでも、「中山堂が日本と台湾の友情の証だ」というようにしか読めない。まるで「昭和天皇が関係のないよその国を訪問して、「記念にひとつ公会堂を建ててあげましょう」とか言ってお金を出して建ててあげた」みたいではないか(実際、何も知らない人が読んだらそう読める)。著者は、当時台湾が日本の植民地だったことを知らないのか(別のところに「日本統治時代」と書いてあったから、まさか知らないわけでもあるまいが)、それともよほど脳天気なのか。あいた口がふさがらない。

ちなみに堡壘[口加][口非]はぜひ行きたいお店のひとつである。