実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『4:30(フォーサーティ)』

時間がないので阿佐ヶ谷駅前で急いでラーメンを食べ、原宿へ移動。NHKアジア・フィルム・フェスティバルで、Royston Tan(ロイストン・タン)監督のシンガポール映画(邱金海(エリック・クー)監督が製作に関わっている)、『4:30(フォーサーティ)』を観る。原題が“4:30”のこの映画、邦題には「フォーサーティ」という読み仮名がついているが、これは間違っている。シンガポールでは「フォーサーティ」とは読まない。「フォータッティ」と読む。

「4:30」は因縁の時間である。1999年にシンガポールへ行ったとき泊まったホテルで、早朝の飛行機に乗るために、4時にタクシーを呼んでくれるよう頼んだ。部屋に帰ると間もなく電話が鳴り、J先生がしばらく英語で話していたが、「What is フォータッティ?」と聞いたあと、フロントへ行くと言って電話を切った。自分が当事者でこれを聞いたらわからなかったかもしれないが、傍で聞いていたら電話の内容が瞬時に推測できた。つまり、「タクシーは4時ではなくて4時半に来るけど、いいよね?」ということである。J先生にそう言ったら、ショックを受けてフロントに行ったが、はたして内容は推測どおりだった。フロントのおねえさんに「Did you say フォーサーティ?」と聞いたら「Yes, フォータッティ」と答えたらしい。

映画は、同じ家に暮らす、小学6年生くらいの少年と、その母親の韓国人のボーイフレンドの物語。共に母親に放っておかれていて、言葉も通じず、同じ家にいながら別々に暮らしている。でも少年は韓国人男性に興味を持っていて、最初は知られないようにいろいろ探っているが、だんだん彼の生活の中に自分の痕跡を残し始める。でも二人が初めて心を通わせるような出来事があったとき、男性はすでに母親にふられていて、突然姿を消してしまう、という話。孤独な登場人物や、部屋に忍び込むところや、テーマ曲の交換(少年のテーマは“千言萬語”である)など、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)の映画や『恋する惑星』を連想させもする。この男の子は、ある見方をすれば、かなりひねくれた性格で、コミュニケーション能力に欠けていて、奇行を繰り返す問題児である。でも別の見方をすれば、自分の考えた遊びに夢中になったり、自分だけの秘密を大切に貯めていたり、あの年齢の子供としてありがちで、その気持ちや行動はすごくよくわかる。台詞はほとんどなく、キャメラはあまり動かず、午後イチで観て眠くならないと言ったら嘘になる。でも、アジア的喧騒とは違う、だけどよく言われるように清潔で無機的なだけではない、シンガポール独特の空気や、地味なのに強い印象を残す少年の顔とあいまって、映像も物語も、見終わったあとでずっと心に残る。

ところで、主人公を演じた少年の名前はシャオ・リーユアン(蕭力源)。シンガポールで北京語読みの名前は珍しい。シンガポールでは「方言はやめて華語を話しましょう」という運動をずっと前からしているが、まさか最近は名前までそういう傾向にあるのだろうか。それとも、例えば大陸からの移住者とかそういった背景の人なのだろうか。

小さい会場だったが、けっこうすいていた。シンガポール映画は立派な中華圏映画なのに、中華圏映画ファンの多くはチェックしていないように思われる(東京国際映画祭でやった『一緒にいて』もすごくいい映画だったのに、観ている人が少なくて残念だった)。シンガポール映画なんて存在そのものが絶滅危惧種なので、ぜひ機会を逃さずに観てほしいと思う。

上映前にRoyston Tan監督と蕭力源くんの舞台挨拶があり、上映後にはQ&Aがあったが、残念ながら時間がなくてQ&Aには参加できなかった。