実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『有りがたうさん』

東京フィルメックスのコラボレーション企画ということで、松竹110周年祭というのをシネスイッチ銀座でやっている。その一本、清水宏監督の『有りがたうさん』を観る。家では何回となく見ている(というか流れている)が、映画館で観るのは二回目。

清水宏のベストは『有りがたうさん』か『簪』か、悩むところである。家で見ていると、『簪』かなと思うこともある(なんといっても面白いので)が、映画館で観るとやはり断然『有りがたうさん』である。この映画を大画面で観るのはもう圧倒的な映画体験で、バスの移動に身を委ねているだけで幸福感にひたれる。次々にバスに乗っては降りていく、あるいは街道でバスとすれ違う様々な階層の人々を見ているだけで楽しく、一方で、彼らの会話の中に、当時の不景気な世相が巧みに盛り込まれてもいる。

有りがたうさんと人々の交流に気をとられてしまいがちだが、この映画は、有りがたうさん(上原謙)と、彼と互いに好意を抱いているらしい娘(築地まゆみ)と、黒襟の女(桑野通子)の物語である。築地まゆみが東京に売られていくことになり、母親と一緒に上原謙のバスに乗っている。そこに乗り合わせた桑野通子がふたりをくっつけて、娘が売られなくていいようにしてあげる。今回ちゃんと通して観て、これがすごくうまく描かれていることにあらためて感心した。次々にいろいろな人物が登場し、いろいろな出来事が起こる合間に、ふたりが相手を気にする様子、ふたりの距離がだんだん縮まっていく様子が、一見さりげなく、巧みに挿入されている。桑野通子がふたりの様子を常にチェックして、時に悪役になりながらふたりをくっつけていくのもよい。

日本映画史に残る傑作であるうえに滅多に上映されない作品なのに、観客はまばら。宣伝不足や、旧作の一本立てなのにロードショー並みの料金なのも原因だと思うが、こんな入りでいいんですか > 松竹さん。(いいわけない。)