バンガロールに来ちゃったの

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2011年03月11日のつぶやき

『慟哭』(佐分利信)[C1952-20]

フィルムセンターの特集「よみがえる日本映画」(公式)で、佐分利信監督の『慟哭』を観る。

妻を亡くした劇作家の佐分利信が、劇団の研究生の阿部寿美子に惹かれ、彼女をヒロインにした新作を書こうとする話。阿部寿美子は、劇作家に取り入ってのし上がろうというよりは、佐分利信自身に惹かれている恋愛優先モード。それに対して佐分利信は、若い娘を創作の栄養にしてスランプを脱したいという仕事優先モード。したがって両者の思惑はすれ違い、悲劇を迎える。

佐分利信のほうに、若い娘を育ててあげる、女優として成長させてあげるという中年男の余裕がぜんぜんないのだが、それを納得させるには、研究生役にそれだけの魅力が必須である。ところが、この阿部寿美子という女優は、そんなにきれいでもないし、弾ける若さがまぶしいというわけでもないし、特別個性的でもない。ライバルの木暮実千代の妖艶な魅力にもぜんぜん対抗できていない。それでは2時間もたない。だから最後のほうのウダウダな展開にはけっこううんざり(ちょうどそのあたりで地震)。酔って三橋達也と寝ちゃったりしても、そんなことは何でもなくしてあげるのが中年男の包容力と余裕のはずなのに、「あんたが慟哭してどうするよ?」と思ってしまった。

戦前は朴訥な二枚目、戦後は重役やボスなどの渋い大物が当たり役だった佐分利信だが、自分の監督作では女に捨てられるような役を好んで演っているのはマゾなのか。それとも俳優としてチャレンジングだと思う役を選んでいるのだろうか。

映画全体の雰囲気はなかなかモダンである。佐分利信の家、劇団、阿部寿美子の実家近くの温泉、木暮実千代の家、三橋達也のアパートなどが出てくるが、それぞれ独特の空気感をもっていて忘れがたい。断定できないが、佐分利の家の最寄駅は北鎌倉だったように思う。この佐分利の家とそのまわりの環境が特にいい感じ。

ヒロインの物足りなさに比べ、脇役は豪華。新東宝映画だが、笠智衆、吉川満子、三宅邦子と、佐分利信の人脈だと思われる松竹系俳優が出演。なかでも特筆すべきは徳大寺伸。出番は少ないが、まだ若いしね。

東北地方太平洋沖地震当日

フィルムセンター大ホール。佐分利信監督、『慟哭』[C1952-20]。残り10分を切ったまさにクライマックスで、地震の揺れが始まった。それほど大きいとは感じなかったが、とにかく長い。途中からいくらか揺れが大きくなり、「これは大きいぞ」という声がうしろのほうから聞こえた。サボサンダルを履いていたので、万一の場合に備えてバックベルトをはめた。アナウンスや避難誘導はなかったが、出て行く人が何人かいて、場内の灯りが半分くらいついた。館内には揺れたり倒れたり落ちたりするものがないこともあり、実際に感じた揺れはたいしたことはなかった。きたるべきもっと大きな揺れが怖かったが、結局それは来なかった。映画は続行し、明るいままエンドマーク。揺れを気にしつつもいちおう全部観た。場内のざわめきも、台詞が聞き取れないほどではなかった。

終了後、最終巻のみ再上映するとのアナウンスがあったが、終盤のストーリー展開にかなりうんざりしていたし、ニュースも気になるので、観ないで帰ることにした。トイレでは、おばあさんが「ああ、怖かった」とつぶやいていたが、わたしは「そうでもなかったよ」と思った。わたしのなかで、地震はすでに過去のものになっていた。フィルムセンターを出ると、隣のビルの前に白いヘルメットを被った人がたくさんいたので、本気で「何かあったのかな?」と思ったが、しばらく考えて避難した人たちだと気づいた。正直「避難するような地震だったの?」と思ったが、ヘルメットはそこだけだったけれど、ほかのビルやお店の前にも人が団子になっていた。

次の映画までMeal MUJIでお茶するつもりだったけれど、無印(ビックカメラ)の建物はちょっと怖いので、最寄りのドトールへ行く。おなかはすいていなかったが、「もしかして当分食べられないような事態になるかも」と思い、ケーキセット(ミルクレープとラテ)を頼む。本気でそう思ったわけではなく、ケーキを食べる言い訳にすぎなかった。

ドトールでは、まずiPhoneSafari地震について検索。検索はできたが、出てきたニュースや気象庁のサイトにはつながらなかった。それでもGoogleの要約で東北の地震ということはわかったので、とりあえず関東じゃないからだいじょうぶだろうと思った。次にTwitterを見ると、J先生を含む多くの人が大地震だとつぶやいていて、電車も止まったことがわかった。J先生はどうやら外出中のようだったので、ショートメッセージを送ったけれど返事はない。ドトールにいるあいだに何回か余震があり、2回くらいは「揺れてるよね?」と思ってまわりを見回したが、だれも気づいていなかった。3回めくらいにちょっと大きくて長い揺れが来て、隣で商談していた人が資料を片づけたりして少しざわめいた。それでもすぐに日常のカフェ風景に戻る。

ドトールを出て銀座通りを歩くと、まだ店の前に団子になった人たちや、歩道の端でケータイをかけている人がいて、少し不安な気持ちになったが、ふつうに歩いている中国人観光客もいた。次はシネスイッチ銀座で『神々と男たち』を観る予定だったので、その前に松屋銀座のトイレに行くと、エスカレーターは止まっていたけれどふつうに営業していた。「本日は夜8時まで営業いたします」というアナウンスが流れていたので安心したが、シネスイッチへ行くと入口のシャッターが閉まっていた。係員に聞くと上映中止だと言われ、チケットを払い戻してもらう。どうもレディースデーには縁がない。

今日のところは帰宅するのが無難かもと思いはじめ、JR有楽町駅に行ってみると、JRは全線運転を見合わせているとのアナウンス。それならとりあえず丸井にでもいようと思ったら閉店しており、急に不安になる。代わりに交通会館へ行くと、本屋などは閉まっていたもののビル自体には入れた。多くの人が階段などに座っており、公衆電話に長い列ができていた。わたしもとりあえず階段に座り、電車が動くのを待つことにする。

J先生からメールが来たが、本文が受信できない。とりあえず居場所を返信する。そのうち、通る人がみな水などのペットボトルをもっているのが気になりはじめたので、地下の食料品店へ行って水を1本買う。もしも帰れないような事態になったら、何か食料が供給されるだろうとセコいことを考えていたが、やはり食べ物もあったほうがいい気がしてきたので、しばらくしてから同じ店でポテトチップスとドーナッツを買う。

電車が動かないまま時間が経っていくので、動いたら直通で帰れるよう東京駅まで歩くべきか、放送で「このビルは安全です」と言っているのでむやみに動かないほうがいいか、いろいろと思い悩む。J先生からメールの返信がいっこうに来ないので、初めてケータイ電話をかけてみるが、iPhoneはもちろん、AUにもつながらない。ひとりで一晩過ごさなければならない場合を考えて電池を温存するため、ドトールを出てからTwitterは見ていなかったが、ほかに情報入手手段も連絡手段もないので、久しぶりに見る。J先生がわたしと連絡が取れないとつぶやいていたので、居場所をツイート。鎌倉は停電中で、しかも津波が来そうという情報もあった。「電車が動いても帰らないほうがいいかも」などと思っているうちに、近くにいたらしいJ先生がやってきた。ショートメッセージもメールも届いていなかったようだ。

ミルクレープのおかげであまりおなかはすいていなかったが、ドトールで買ってきたジャーマンドッグで晩ごはんにする。JRは今日はもう動かないとわかったので、もう少しマシなところへの移動を画策。避難所情報がTwitterに上がりはじめていたので、そのなかから近くて比較的快適そうな新橋第一ホテルへ行くことにする。外に出るとたくさんの人が歩いていたが、歩いて帰る人や避難所に向かう人など行き先はバラバラなようで、ひとつの方向ではなくいろんな方向に向かっていた。開いている飲食店もけっこうあり、行列ができているところもあった。

新橋第一ホテルのロビーは、かなりの人がいてもちろん椅子などは空いていないが、吹き抜けになったロビーの二階部分の壁際に場所を確保できた。シーツみたいなものももらったし、二階はかなり暖かいし、常に行列とはいえきれいなトイレもあって、避難生活としては快適な環境。

ロビーにはテレビがあり、大音量で地震情報を伝えていたが、遠いし、まわりがうるさいのでぜんぜん聞こえない。結局情報源はTwitterのみ。鎌倉の停電は夜になって復旧したらしく、津波が来たとの情報もないのでひとまず安心。地下鉄が少しずつ動きはじめたが、地下鉄で帰れるような人はとっくに歩いて帰っているのか、帰る人はほとんどいない。むしろ新たにやってくる仕事帰りの人が多い。ポテトチップスなどを食べて、歯みがき代わりにガムを噛んでから、シーツをしいた硬い床で23時ごろ就寝。お風呂には入れなかったけれど、生活のリズムは結局ふだんと同じ。